毎年ながら。
この日は忘れられない。
普段は全く意識しないのに。
アカンね、思い出してしまう。
それでも。
記憶は都合良く甘美なものになってしまっている。
嫌な記憶は忘れたいんやね。
当時。
私の住んでいた地面は震度7。
ドッカンドッカン揺れた。
近所の高速道路はドミノ倒しみたいに倒壊。
何も出来ずウロウロするだけだった。
悲しむ訳にも行かず。
かと云って。
災害時に何を規範に優先するかも分からず。
思うがママに動いたんだけれど。
“果たして、それで良かったのか?”
今日だけは。
これらのことを。
今後も自問自答したい。
強烈な印象の1つに。
震災ルックで25km先の大阪に辿り着くと。
まるで何事も無かったように。
背広姿の人達が闊歩する都市だった。
怒りを憶えながらも。
「ま、そんなもんやわな」
と、納得してた。
ただ。
地元の被災地に帰宅するのが苦痛で。
ほぼ毎晩、大阪で飲んで帰った。
現実から逃げ出したかった。
それから12年。
齢も重ね、経験も踏まえ、分別も付くようになったと思うけれど。
この時の体験が苦々しく。
今も心の澱(おり)となって沈殿している。
だけど。
私の気持ちは揺るぎない。
何年でも続けて思い出すべきだ。
語り伝えるべきだ。
こればかりは体験した人しか分からない。
体験して初めて他人の痛みを分かる気持ちになる。
@体育館に遺体がころがり。
@それらの遺体に知人がいないことを祈り。
@自分が心配されている身とも知らず。
@何事かをしたような気持ちになっていた。
1.17 黙祷。
1.17 合掌。