忘れられない小さな記憶。その1。

「カノン」と云う曲をご存じだろうか?
結婚披露宴では定番の音楽である。

クラッシックを聴いたことがなかった時代。
仕事で城崎温泉近くに出向いた。
その時に。
時間調整の為に入った喫茶店でこの曲を聴いた。

おそらくマスターが音楽好きで。
かなり投資したんだろう。
ドカンと鎮座する立派なスピーカーから。
それはバイオリンの音も厳かに。
目の前で弾いているように流れていた。

コーヒーを飲みながら。
肌がサワサワ~ッとし、鳥肌が立った。

当時、曲名など知らず。
知人、友人に尋ねようにも。
こちらが無知で、一回だけしか聴いてないので。
説明のしようもなかった。

それからかなりの月日が経って。
その曲を「カノン」だと知ったのだが。
当時聴いたそれではない気がする。

誰の指揮で。
誰が弾いているのか知らないからか。

それでも。
もう場所も忘れた喫茶店で。
窓際の席でホットコーヒーを飲みながら。
今も耳に残るカノンは。
忘れられない。

   □

開高健氏の作品に。
「珠玉」がある。
氏の闇三部作の最後の作品を完成させるために。
自身への触媒として宝石を手にし。
その光沢から記憶をたどる三編の小説である。

その中に。
オパールを取り上げた編がある。
見る角度によって変容する色に。
過去の思い出が甦ってくる。
そんな編だった。

会社員時代に。
大阪の新地に飲みに行ってた頃。
連れて行ってもらった店で。
横に座った女性の指に。
とてつもなく大きなブラックオパールを見つけた。

その時はかなり酔っていて。
何を話したのかも。
すっかり記憶にはなく。
二日酔いだけがお土産として残った。

後日。
その店にまた寄ると同じ女性が横に座った。
そんなこともすっかり忘れていたのに。
ブラックオパールを見た途端。
危なっかしい記憶を少しづつ思い出した。

その宝石の事を尋ねながら。
頼んで手に持たせてもらい眺めさせてもらった。
様々な色が輝く中で。
コバルトブルーに魅せられた。
散りばめられたこの色をどこかで見たことがあった。

   宮古島
   ブルーフィン・トレバリー(カスミアジ)。

カスミアジの体にちりばめられたブルーと同じだった。
これはちょっと驚きだった。

方や太陽燦々の海上で。
方や夜の繁華街のお店で。
それなのに。
どちらも天然自然であった。

ただそれだけなのだが。
これも忘れられない。